南河内なくせ原発行動200回

2012年7月以来、毎週金曜日に実施し続け、200目記念となる「なくせ原発!南河内アクション」が、6月3日に関西電力羽曳野営業所前で開催され、集会&パレードに約二百五十人が参加しました。(主催 南河内地域革新懇ネットワーク)
 第一部は、代表団が同営業所を訪れ、「関西電力は、福島第一原発の事故を教訓にし、脱原発・自然エネルギーを推進し、大飯・高浜原発の再稼動申請を撤回すること」などの要請書を手渡しました。
 第二部の集会の 開会挨拶で、杉山彬実行委員長は「関電を訪れたが部屋にも入れず、椅子も出さず我々を閉め出す態度だった。地裁判決が出た新しい状況に確信を持ち、さらに運動を広げよう」と呼びかけました。
 先日、福島を訪ねた太子町の女性は、「福島は桜が綺麗だったが、一歩入ると未だに洗濯物があの時のままに干してあった。農業の再生めざす福島の人から『私たちのことを忘れないでほしい』と言われた」と話しました。
 反原発デモにとりくむ河内長野の男性は、「三ヶ月に一度デモと学習会を実施している。世論を広げるとりくみは誰かがしないといけない。若い人も誘ってこれからも続けていきたい」と決意を述べました。
 原発ゼロの会おおさかの中村毅代表委員が、「200回の開催に敬意を表し たい。日本は十年に一度の大地震が起きる。原発は余りにも危険。原発ゼロのためには政治を変えなければならない。参院選はその第一歩だ」と強調しました。
 四野党に参加要請していた中で、かけつけた日本共産党衆院議員の清水忠史さんが、「福島では未だに九万人以上が家に帰れない。熊本の大地震でも川内原発 を止めない政府。電力会社などの原子力産業協会は、自民党に多額の献金。こうした原発推進の政治を大本から変えよう。原発ゼロのためには、地域から声をあ げていくことともに、住民の声を国に届ける首長や議員を増やすことも重要。原発をなくし安心して生きていくことができるエネルギー政策への転換を実現させ よう」と訴えました
 第三部のパレードは、二隊に分かれ「原発いら ない」コールのリズムに乗って元気よく古市駅まで歩きました。千早赤阪村の鈴木さんは一隊目、羽曳野市の笹井喜世子さんと渡辺まちさんは二隊目の、それぞ れ先頭にたちました。沿道や車から手を振る人や、子どもたちが「頑張って!」と言ってくれました。

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